人は働くために生きるのではない、生きるために働くのだ
野球選手、サッカー選手、お医者さん。
パティシエ、保育士、看護師さん。
小学生がなりたい職業の定番はこんなところだろうか。
中学、高校、そして大学へと進むにつれこれらの夢なんてまるで子供の戯言だったかのように変質していく。
能力的に就くのが難しかったり、安定した収入が望めなかったり、あるいは成長するにつれ社会の仕組みがわかり始めてより多くの職業を知るようになったり。理由はそれぞれあるのかもしれない。
あなたは仕事に何を求めるだろうか?
やりがい、安定した収入、ワーク・ライフ・バランス、自己成長できる環境、尊敬できる人がいること。
仕事選ぶ基準は人それぞれだろうが、どの基準も満たされるような理想的な仕事はそうそうないだろうし、いくつかの基準は目をつぶらなくちゃいけないこともあるのだろう。
とある友人の話を聞くまで僕はそう思っていた。
大学生の頃、1年間ほどカフェでアルバイトをしていた。
その友人は店舗のオープン当初からのメンバーで僕はその約半年後に勤務を始めたのだが、年齢的には同期で、同じ学生だった。名前はあいちゃん(仮名)という。
あいちゃんは石原さとみ似の可愛い女の子で、その色気に魅せられた男性客から手紙をもらったり、デートに誘われたりするほどだった。
男ウケがいい女性は同性から嫉妬されることがよくあると聞くが、あいちゃんはそんなことなく、素敵な笑顔とたまに見せる天然な性格がチャーミングな女の子だ。
先日、そのあいちゃんともう一人のバイト先で一緒だった女の子と3人で新宿で飲むことになった。
僕はあいちゃんと会えるのが楽しみだった。
なにしろ、バイトをやめてからというものずっと会っていなかったのだ。
一度バイト先のOB、OG飲みを企画し、その時にあいちゃんにも声をかけたが、あいにく残業だから来られないとの事だった。
社会人て大変なんだなー。
大学院に進学し、学生気分にドップリと浸かっていた僕はのんきにそう考えていた。
5月の終わり。夏が本格的に始まりだすつかの間の季節。
新宿で待ち合せた僕らは再会を喜び合った。
社会人になっても相変わらず、人がいいあいちゃん。会社でもきっと職場の人と楽しく仕事をしているのだろう。
「仕事、順調?」
僕は軽いノリで彼女にそう尋ねた。
「実は、私、倒れちゃったんだよね〜」
「えっ!?!?」
僕は耳を疑った。
屈託のない笑顔でそう言う彼女が痛々しく思えた。
「倒れたってどういうことだよ?」
僕は訊かずにはいられなかった。
「私、過労で倒れちゃったんだ〜〜えへへっ」
そう言いながら彼女は自分の脚を指差した。
「ほらここ。青くなってるでしょ??倒れた時にぶつけちゃったんだよね〜」
スカートの下からのぞく彼女の脚は目も当てられないほどに青黒く変色していた。
彼女は過労で倒れたのだった。
週6.5日勤務、朝8時出社の終電帰りで休みは大晦日と元日の2日間だけ。オフィスのフロアには徹夜勤務用の仮眠のためにダンボールが散乱している。睡眠時間は毎日3時間。
ローンを組んで車を買わされ、残業代はみなし残業で皆無。手取り月20万程度。
部長は退職者が起こした未払い給料請求訴訟の対応に追われ、その部長の仕事が降ってくる。
部長に退職の旨を二回伝えるも、無下にされる。
残りの0.5日で同じ会社の彼とデート
内部告発により労働基準監督署の立ち入りが入るも労働環境が改善されたのは一部の営業所のみ。
管理部門で働くあいちゃんは労基の立ち入りの対応に追われ、倒れてしまったのだという。
なんとも皮肉な話だ。
あいちゃんは大学病院の救急外来に運ばれ過労の診断を受け、次月の一ヶ月間は定時に帰るようにとの医師の診断書をもらい、ぼくらにあった時は一週間だけ療養のために休みをもらっていた。
「一週間休みもらえたんだよ〜。まあ有給休暇扱いなんだけどね〜。もう有給使っちゃったから次は倒れられないわ〜〜笑」
有給扱い?
労災は?
もはや労災とかそういう次元の会社ではないのだろう。
やりがいはない、給料はよくない、プライベートもない。
なんのために働くのか?
7月。
彼女の定時勤務も終わり、今頃残業に追われているのだろう。
新宿で飲んだ帰り道での別れ際彼女は冗談めかしてこういった。
「次飲みにいけるのはまた私が倒れた時だね〜〜。次は有給出ないから欠勤扱いになっちゃうなあ笑」
人は働くために生きるのではない、生きるために働くのだ。